COLUMN

 


本「AI vs 教科書が読めない子どもたち」

テレビ(マネー・ワールド ~資本主義の未来~ 仕事がなくなる!? 2018年10月7日放送)を見ていたら、ロボットに仕事を奪われる、というハナシの流れで、孫正義が

「常に進化していく世の中を、悲しいと思うか、楽しい、チャンス到来と思うかで結果は全然違う」

と言ったのに対し

「資本家が実際に仕事を奪われる人に対して、それは気の持ちようだとかもっと気持ちを明るく持って何とかしたらどうなのか、と言うのは私は無責任だと思う」

とブチ切れる。
見ていて、思わず「おお!」と声を上げてしまった。

アタマの回転が速くて気が強い、というのは、男女問わず好きなタイプ。
だけど好きじゃなかった。
なぜか。
宗旨が違うんだよね。

彼女自身が率いた「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトの中止が、2016年に発表された。

「これ以上やってもロボットに東大合格はムリ。ロボットには確からしい答えを導くことはできても、理解ができないから」

なんというアホな理由だろうか。理解というものに対する無理解が、そんなことを言わせてしまうのだ。
アルファ碁は囲碁を理解していないのか?その対戦相手だった(世界最強棋士の)イ・セドルは囲碁を理解していなかったのか?
あるいは、東大生は何事かを理解しているのか?
宇宙の理のすべてが解き明かされていない以上、完全な理解は存在せず、そういう意味では、まさに確からしい答えを導き続けられることを理解と呼ぶのだ。

東ロボくんは、結局偏差値57まで到達する。高校生の半数が大学を受験し、その上位20%に相当する成績。「MARCH合格レベル」とのこと。
理解ということがまったくができない東ロボくんにも劣る高校生の読解力は危機的。日本の中高生の読解力向上を目指し、新たに「リーディングスキルテスト」プロジェクトを立ち上げたのだという。

好きにしてくれ。でも、科学者ならどこまでも技術の発展を目指して欲しかったよ。
それにしても

「シンギュラリティは来ません」

って、なんだその捨て台詞は。
シンギュラリタリアンのぼくには、とうてい容認できない主張。
というワケで、新井紀子という名前は、記憶の彼方に追いやってしまっていた。

それから2年。忘れかけた頃に、冒頭の番組を目にし、それから半年経った先日、Twitterのタイムラインに流れてきた動画で再会する。

市民講座か何かの講演録なのだが、実に興味深かった。
「大学生の数学力、なう」 新井紀子 - 国立情報学研究所 という動画がそれだ。
ちょうど1時間。教育に興味のある諸君は是非観てくれ。
ハイライトを紹介しよう。

「偶数と奇数を足すと、常に奇数となることを証明せよ」

という問題。大学の新入生に解かせたそう。
我が家の食卓で出題したところ、直樹(中2)が勇ましく解答する。

「偶数は2n奇数は2n+1。2n+2n+1=4n+1。だから奇数」

と。
由子(高1)も同調。ふっ。
これは「典型的な誤答」とされる。
ちなみに、「深刻な誤答」というのもあって、「2+1も4+9も全部奇数になる」とか「偶数よりも奇数の方が強い」とか。なんだ、そりゃ(笑)。
まぁ、笑ってられないんだけど。ぼくも間違えたから。

正解は、知りたい人は動画を見てくれ。
それよりも興味深かったのは、この問題の正答率だ。

大学を、偏差値順にグループ分けする。ベネッセのランキングらしいが、国立S、国立A、国立B、私立S、私立A、私立B、私立C。当然、国立Sがもっとも正答率が高いのだが、正答が誤答を上回ったのは、国立Sのみ。私立Sも誤答の方が多い。むしろ、グラフを見る限り、一般的なイメージとは異なり、国立Aの方が私立Sよりも正答率が高い。
のちに、この問題は「人生を左右する問題」と呼ばれる。

なるほど。
新井センセの言う「理解」ってそういうことなのね。
これはおもしろい。

というワケで読んだのが、この度紹介する本だ。
 

「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」/新井紀子/東洋経済新報社

 
なんと、25万部も売れている。
ぼくが改めて紹介するまでもないか。

それにしても、数学者の文章というのは、本当に読みやすい。
中学だったか高校だったかの国語の教科書に、広中平祐の文章が載っていた。内容に憶えはないが「平明な文章」と習った記憶がある。
「国家の品格」とか寝ぼけたことを言い始めて好きではなくなったが、藤原正彦の文章もおもしろい。
新井センセの文章も、論理的で実に読みやすい。スイスイと読めてしまう。

内容も素晴らしい。
冒頭に

「シンギュラリティは、(当面は)来ない」

と書かれていて、そうか、当面か、ということで、和解したよ。

表紙に「AI」と大きく書かれているし、確かに半分はAIについて書かれているんだけれど、全体を通して書かれているのは、教育のハナシ。
このままだと多くの人がAIに仕事を奪われてしまう。AIには限界があるが、そんなAIを超える読解力を持つ人が少ない。さあ、困った。読解力を上げるにはどんな教育が必要だろうかって内容。

読解力と言っても、イメージするような、そんな大げさなものではない。
掲載されている問題は、バカにしてるのか?と言いたくなるような問題ばかり。
しかし、そんな問題を多くの人が解けないということがデータで示される。

つい先日、直樹がサッカーの4級審判員ライセンスを取ってきた。
半日講義を聞いたあと、試験。
試験と言っても、テキストを見て回答してかまわないらしい。

「テキスト見て良いのに、みんな満点取れないんだぜ。なんで?」

と直樹は言っていたが、つまりそういうことなのだ。
ぼくにも思い当たる節がある。
差し障りがあるので、具体的には書けないが、あちこちで「なんで?」と思ってきたのだが、つまりそういうことだったのだ。

新井センセの「未来予想図」とは若干相容れないけれど、それでも、すごくおもしろかった。
教育に興味のある方は、必読です。
小中学生の子を持つ親も、読んだ方が良いんじゃないですかね。
読んだら、集まって議論したい。わりと本気です。
 
 

2019年3月9日
 

 
 

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