COLUMN

 


価値観

前回のコラム、「わかりにくい」って言われるんですが、そうかな?
たんに、子供のサッカー見てて価値観が変わる、というハナシなんだけど。
「ヘタクソ」なら返す言葉もありませんけど、わかりにくくはないと思うんだけどなぁ。

まぁね、異なる価値観は受け入れにくい、というのはその通りだと思います。
チームメートを罵倒することによってもたらされる雰囲気の悪さが良いこと、というのは、そうね、わかりにくいか。
「綺麗は汚い、汚いは綺麗」ですよ。

ぼくらは誰でも、ある特定の価値観に基づいて生きている。縛られていると言った方が良いかもしれない。むしろ、がんじがらめと言った方が適当か。
でも、普段そんなことを意識することはない。
たまに言われる「価値観の相違」も、良く聞いてみれば、好みの違いとか利害の対立程度のハナシで、本質的な意味での「価値観」ではない。

エートスとか行動原理という用語を用いるべきかもしれない。ここではこのまま、価値観と呼ぶけど。

がんじがらめの価値観に苦しむ人は多い。
そんな価値観から自由になって楽になりましょう、というのがここ数年来の流行のメッセージじゃないかな。
数年前に大ベストセラーになった「嫌われる勇気」も、去年ちょっと話題になった「みんなちがって、みんなダメ」も、基本的にはそういうハナシだった。
「嫌われる勇気」はアドラー心理学から、「みんなちがって、みんなダメ」はイスラームからのアプローチで、いずれも承認欲求にフォーカスして「自由になれ」と。

どっちもまあまあおもしろかったけどね。なるほどと思える箇所もたくさんあって。
でも、当たり前と言えば当たり前のこと、と思えてしまう。

「オレぐらいになると、近代の枠組みなんて相対化できてるから」

くらいに思っていたんだけどね…。
衝撃でした。

「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」奥野克巳/亜紀書房


長すぎるタイトルのこの本は、人類学者の奥野さんという方が、ボルネオ島(マレーシア)のプナンでフィールドワークを行ったことをもとに書かれた本。
エッセイ調なので、読みやすい。
ただし、わかりにくい。
わかりにくいというのは、プナンの価値観が我々のそれとはまったく異なるからだ。
もちろん、「へえ、そういう人達もいるのね」という具合に、読み飛ばすのもアリかもしれないが、彼らの価値観を我がこととして受け入れようとすると、途端に困難を極める。
すべてに対して「いや、それちょっと待って…」と言いたくなる。

相対化どころか、ぼくもやっぱり価値観にがんじがらめだったのだ、ということを認めざるを得ない。さんざん偉そうなことを言ってきたにもかかわらず。どうもすみません。
あ、プナンには「謝る」って概念がないそうですけども。

もちろん、すべての文章には著者のバイアスがかかっているわけで、そして、著者はプナンの生き方を高く評価しているので、なかなか挑発的にも読めるわけです。

「ボーっと生きてんじゃねーよ!」

って言われ続けるようなカンジ。
と言いつつ、シンギュラリティ来たら、みんなプナンの価値観に近づくんじゃないか、って気もするので、すでにこういう風に生きている人もいるのね、とちょっと嬉しくなったりもしたり。うん。プナン人はたいていボーっと生きているカンジだし。

多くの方に読んでもらいたい。
そして、こういう本を楽しめる人と、今年はたくさん遊びたい、というのが新年の目標。
あとは、努力とか成長みたいなのを美徳とし、目標に邁進しちゃってるような人にも読んでもらいたいな。んで、ハシゴ外されてみて。
ってのは、性格悪すぎでしょうか?
悪いのが良いってこともあるんだよ。
わかりにくい?
 
 

2019年1月1日
 

 
 

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