COLUMN
4月7日
ぼくの写真の先生は、写真家のテラウチマサトだ。
とは言っても、弟子入りしたとか、アシスタントを務めたとか、そんなレベルの師弟関係ではない。駒ヶ根市観光協会が主催した月1の写真教室に、半年ほど顔を出していたに過ぎない。
そんなわけで、テラウチ先生が、先生ご自身のお誕生日に、出版記念パーティーを行うと知っても、出席するつもりはなかった。
どう考えても、あまたいるお弟子さんの中では泡沫の存在。近所で開催されるなら、枯れ木も山の賑わいとばかりに顔を出すこと自体はやぶさかではない。しかし、バスに揺られる時間だけでも往復7時間。いかにも遠い。
そんな折、テラウチ先生のマネージャーを務めるオータニから誘われる。
「カメダさんも是非来てくださいよ」
「うーん、行きたいのは山々だけど、何しろ遠いから。それにぼくなんかが行っても…」
「いえ、カメダさんが来てくれるなら、VIP待遇ですから」
ゴクリ…。
VIP待遇だと?
VIPじゃ仕方がない。よし、行こう。
その日の薬局の仕事は奥さんに押しつけた。少しかわいそうな気もしたが、我慢してもらおう。なにしろ、オレはVIPなのだから。
駒ヶ根を11時のバスに乗り、目的地の京橋を目指す。
渋滞もなく乗り換えもスムーズ。開催時刻の16時よりもだいぶ早い15時20分に到着した。
「すみません。まだ準備が整っていなくて…」
おいおい、VIP待遇どころか、追い返されてるじゃねーか(苦笑
まぁ仕方がない。早過ぎる時間に行ったオレも悪い。
しばらく時間をつぶし、16時を数分過ぎたあたりに再度行ってみる。
受付はすでに長蛇の列だ。
スタッフに声をかける
「カメダです」
「あっ、カメダさん。先ほどは失礼いたしました」
「うむ」
「こちらにお並びください」
「ん?」
「こちらが最後尾になります」
「…」
ここの社員教育は、いったいどうなっているんだ?
VIP待遇を知らないのか?
そのとき、エントランスに横付けされるベンツ。降り立つ一人の紳士。
「あっ、先生」
「ようこそおいでくださいました」
「こちらになります」
「さっ、どうぞ」
「どうぞこちらへ」
スタッフ総出でその紳士を迎入れてる。
VIP待遇、知ってるじゃねーか!?
ベンツはVIPで地下鉄は一般客か?地下鉄はベンツより劣るのか?
映画「蒲田行進曲」のワンシーンがパロディとなって脳内再生される。
「誰だ、あれ?」
「亀ちゃん、知らないんですか?ハービー山口」
「売れてんのか?」
「ええ、まぁ」
「その辺の公園で孫でも撮ってりゃ似合いそうなじいちゃんじゃねーか」
てな具合に、ぼくも銀ちゃんみたいに尖ってられれば良かったんです。
でも、高速バスに3時間半揺られ、慣れない満員電車で押しつぶされてね、疲れていたんです。もう元気がなくて。
「あっ、ハービー山口だ」
つって、PPCで自分の作品を酷評されたことも忘れて、ヘラヘラしちゃうんです。
情けない。もう、自分が情けない。
オータニの策にまんまとハマり、ノコノコ出掛けていった自分が恨めしかった。
ごった返すパーティー会場で、呆然と立ち尽くすぼくに、そっと忍び寄るアンドー。
「カメダさんに紹介したい人がいるんですが」
キタコレ。
アンドーはPHaT PHOTOの編集長だ。そのアンドーの紹介。ついにオレも世界に羽ばたく日が来たのかもしれない。
…
……
ただの営業マンじゃないか(怒
怒りをグッとこらえるオレ、大人。
アンドーも仕事だ。やむを得ない。
アンドーの顔をつぶさない程度に、そのチャラくて背の高い営業マンのハナシを受け流した。
時計の針が進む。
またしても、アンドーが忍び寄る。
「カメダさん、度々すみません。もう一人紹介したい人がいるんですが」
もうね、大して期待してなかった。
でもね、さっきと同じ会社の別の人ってどういうこと?
オレはどんだけカモられればいいの?もしかして、御社にはぼくの名前、カモダリョウで登録されてないかしら?
これはもう、キレて良いよね?パーティー会場のテーブルひっくり返して退席しても良いよね?
でもぼくはそうしなかった。なぜなら、今度の担当者はちょっとカワイイ女子だったから。
なんと、その彼女が今のぼくの奥さん、
のハズがない。
奥さんは家で爆睡中。
帰宅したのは、深夜1時過ぎだった。
気が付けば、テラウチ先生に挨拶すらしていない。
とにかく大変だった。
2016年4月8日