COLUMN
ヨネか、ヨネ以外か。
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七倉山荘からはタクシーに乗らなければならない。
到着した時点で2台並んでいたタクシーは、支度を調えている間に行ってしまった。
あとで運転手に聞いたところ、例年に比べて登山客は極端に少なく、2台しか待機していないとのこと。
仕方なく待合場所で、いましがた行ってしまったタクシーが戻ってくるのを待つ。
やや遅れてソロの青年がやって来る。
「高瀬ダムまでですか?」
「ハイそうです」
「一緒に乗っていきます?」
「良いんですか?よろしくお願いします」
米っちょが話しかけて、あっという間にハナシがまとまる。
いつもながら、コミュニケーションのハードルが低い。ぼくなんかだと、相手の様子を伺っているウチに「ま、いっか」となってしまうこともちょいちょいあるんだけど。
タクシー料金は2400円。3人で割って800円だ。
タクシーを降り、トンネル、吊り橋、河原と歩いてきて、いよいよ登山口。
三大急登に数えられるブナ立尾根を登る。
確かに大変な急登だ。ただ、テン泊装備を担いで登る人も少なくないなか、小屋泊の我々は比較的軽装。そんなわけで、コースタイムよりはだいぶ速かったと思う。良いカンジで
烏帽子小屋へ。
ヤレヤレとしばし休憩。そこに、今朝タクシーに相乗りした青年がやって来る。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
「んん、空身?」
「ええ、烏帽子岳から戻ったところです」
「えええぇぇ」
我々もコースタイムより1時間以上早くブナ立尾根を登り切っているハズなのに、一緒にスタートした上でコースタイム1時間半の烏帽子岳ピストンを1時間でやっつけた青年と同じタイミングで烏帽子小屋にいるとは、一体どういうことだろう。どんだけ速いのだ?
我々はこっそり、彼を「マッハ」と命名した。
当初の予定では、烏帽子岳に行くつもりはなかった。
欲張るのは良くないし、また来れば良いじゃん、と。
ところが、予定よりも早いタイミングで烏帽子小屋に到着したこと。到着したまさにちょうどのタイミングでマッハ君が現れたこと。そしてなにより、烏帽子岳に登るためにまたこのブナ立尾根を登るのかと思うと気が遠くなる。そんなわけで、烏帽子岳ピストンの検討を始める。
「エボっとく?」
「は?」
「いや、エヴァンゲリオンがエヴァだから烏帽子岳はエボかなって」
「♪ドンドンドンドン デンデン ドンドンドンドン デンデン」
「そう、それそれ」
「♪パーパーパパパーパパッパッパー」
「はははっ」
正直、ここでエヴァが出てくる米っちょのセンスが分からない。まぁ、乗っかって歌い始めるぼくもどうかとは思うが。
ともあれ、エボるか否かを決めなければならない。
「どうする?」
「時間的には余裕があるし、烏帽子岳に登るためにもう一度いまの尾根を登るってのもね」
「烏帽子岳って、なんとか百名山とかに入ってるの?」
「二百名山とか信州百名山とか、色々入ってるよ」
「じゃあ登らなきゃだね」
「いや、別にそういうのはどうでも良いんだけど」
「ピークハントしなくちゃ」
「人をピークハンターみたいに言うなよ。ピークハントだとか赤線つなぎだとか、そういうのは邪道だって言ってるだろ。あそこからの景色を見たいって言う純粋な気持ちで…」
「亀ちゃん」
「んっ」
「素直になりなよ」
「うわぁぁぁ、ヤマレコのせいだ。ヤマレコがランキングとか言って煽ってくるから…」
「おいおい、山は自己責任だぞ?(笑)」
烏帽子岳をピストンののち、野口五郎小屋へ。
小屋の前では、マッハ君が談笑している。青いシャツに笑顔が印象的な男性。仮にブルーとしておこう。ブルー君とは年も近く、このあとも何度か一緒に歩くことになる。
しばらくおしゃべりしていたら、急に寒くなってくる。汗冷えだ。
小屋に駆け込み汗を拭き、着替えて再度小屋の外へ。
小屋の親父さんがかけているのだろう、ラジオ番組から曲が流れている。
「山で景色見ながら民謡聴くなんて初めてですけど、意外に合いますね」
ドッキーン!
今回の山行の、マドンナの登場である。
以前にも書いたことがあるけれど、米っちょと一緒だと、ちょいちょい美女に話しかけられる。
「そんなことないでしょ。今回だってオレから話しかけたんじゃなかったかな?違ったかな?」
おそらく秘密はこの辺にあるのだろう。
ぼくなんかだと、こちらから話しかけたのか向こうから話しかけてきたのか、すべて自覚している。要するに、肩への力の入り具合の差なのだろう。
さて、ドキンちゃん(ぼくがドキンとしたので勝手に命名)。彼女の魅力を言い表すことは難しい。そもそも、魅力みたいなものを言語化すれば、その時点で陳腐なものに思えてしまうわけで、つまり、読者諸氏が各々魅力的な女性を想像してもらった方が好都合だから、よろしく頼むわ。
米っちょが言うには
「彼女の人との距離感がすごく心地良いよね」
と。
なるほど。そうかもしれない。
誘い合わせたわけでもなく、なんとなく(ブルー君も含めた)4人で、野口五郎岳の山頂まで行って夕焼けを眺め、写真を撮る。
「キレイですね」
「ホントにキレイですね」
そんな、会話にもならない言葉を交わす。
美しい空に穏やかな空気。ポエム。
あのころの山頂に
ぼくらは立っているんだなぁ
夜空の向こうには
もう明日が待っている
そうだよ。パクリだよ。悪い?
そんなこんなで、1日目を終える。
ああそうだ。夜景撮影もしたんだっけ。天の川までバッチリ見えたよ。
おやすみ。
二日目。
岳人たちの朝は早い。
そんな中でもマッハ君はぶっちぎりで早く、マッハで旅立っていった。米っちょは顔を合わせたらしいが、ぼくは彼の姿を見ていない。赤牛岳まで行くんだそうだ。無事を祈る。さらば。
小屋の外では、ブルー君がくつろいでいる。
「ぼくはもう少しゆっくり出ます」
「そうですか。それじゃ、これで」
「あとで追いつきますよ」
「うん。待ってる待ってる」
出発だ。
小屋からおよそ10分。再び、野口五郎岳の山頂。
数時間前に夕焼けを観たその場所で、朝焼けと御来光を眺める。
ひたすら、カメラのシャッターを切る。
気が付けば、ドキンちゃん。
高鳴る鼓動。
「モデルになってもらって良いですか?」
うぅぅ、オレには言えない。米っちょが聞いてくれないかな…。
「わたし、そろそろ行きますね」
「はい。我々、もうちょっと撮影してますので」
「頑張ってください」
「ありがとうございます。お気をつけて」
「はい。それじゃ、また」
う~ん、米っちょのいけずぅ。
彼女を見送り、しばらくの後に我々も出発。
「良いの撮れた?」
「撮れねーよ」
「ん、なんか怒ってる?」
「ふんっ」
次の目的地は、水晶岳。
途中、ブルー君が追いついてくる。
「追いついたぁ」
「おお!」
「あっ、オコジョ!オコジョ!」
「えっ、えっ」
挨拶を交わすまもなく、オコジョ。
ブルー君、なんて間が良いんだろう。
そして、彼に教えてもらわなければ、ぼくらは気が付かなかった。
個人的には、実物を見たことのある動物の中で最もかわいいのがオコジョだと思っている。そんなオコジョに出会えて、幸せ。
ありがとう、ブルー君。
少しおしゃべりしたあと、ブルー君は先に行ってしまう。
米っちょも言うけれど、このタイミングでの裏銀座、猛者しかいない。双六小屋まで行くと野口五郎小屋から来たことに対して「そんなに歩いたの」みたいなリアクションもあったけれど、いまここに、オレたちよりダメな奴は一人もいない。
水晶岳の山頂では、ブルー君が待っていた。
「ステキな場所だし、お二人が歩いてるのが見えたので、思わず長居しちゃいました」
「そうだったの!」
まるで嫌味のない、楽しいナイスガイだった。
この後は、黒部五郎に向かう予定だとか。道中の無事を祈ろう。さらば。
ブルー君と入れ替わりに、ドキンちゃんが歩いてくるのが見える。
どうやら、水晶小屋で追いついていた模様。こちらは水晶小屋に荷物を置いて空身でピストン。彼女は重い荷物を担いだまま、赤牛岳方面に向かう途中の水晶岳。
彼女の到着を山頂で待つ。
再会を喜ぶのもつかの間、次の瞬間には別れの時が待っている。
彼女が言う。
「せっかくなので一緒に写真撮りませんか?」
と。
まずはオレが撮るから彼女とオマエが、とかやっていたら、見かねたのか近くにいた若者が「撮りましょうか?」と。うむ、若者よ、君の未来は明るいゾ。
三人一緒に、水晶岳の山頂で。
「インスタかなにかやってますか?」
「インスタ、一応アカウントは持ってるんだけど…」
「そうなんですか」
「ヤマレコはどうです?」
「あ、やってます。コメントします!」
「亀ちゃんの斜に構えた文章が特徴ですから」
「こらこら」
舞い上がるオッサン二人。
先ほどの若者が
「ぼくも撮ってもらって良いですか?」
と言ったらしいことに気が付かず、飛ぶように下山。
振り返ると、彼女が若者の登頂記念写真を撮っていた。ごめん。
続いて、鷲羽岳へ。
米っちょの足取りが重い。
以前から言っていたが、足の裏のタコなのかウオノメなのかが痛いんだそう。痛む足を引きずって、ペースが上がらない。
ヘトヘトになって、山頂へ。
山頂は、なんとなく不穏な空気。
どうやら男性二人組の内の一人が、高山病で倒れてしまったらしい。
もう一人が、「下山するしかないから少し休んだら下りよう。いま登って来た道は急勾配だから逆から下りよう」というようなことを大きな声で言っている。
他の登山客は、遠目でチラチラ眺めつつ、我関せずの様子。
「そっちのルートは止めた方が良いですよ。ぼくは両方歩いたことありますが、そっちのルートは距離は5倍で、おまけに最後にキツイ登り返しもあるから、絶対にいま来た道を戻った方が良いです」
さすが米っちょ!
おれたちにできない事を平然とやってのけるッ
そこにシビれる!あこがれるゥ!
と冗談めかして言うようなことじゃなく、これ、ホントにスゴいことだと思う。
別に声をかけなくたって、悪いワケじゃない。関わり合いにならないようにしよう、というのが平均的な日本人の姿だろう。自分にはどうにも出来ないし、って。
ただ、声かけた方が良いことは間違いない。でも、多くの人にそれは出来ない。それを躊躇なく出来る米っちょは、スゴい。
三俣山荘で少し休み、三俣蓮華岳を目指す。
分岐で別れる。
米っちょは
「もう余裕がない。三俣蓮華も双六も登ったことあるから、亀ちゃん一人で行って」
と。
米っちょは巻き道で。ぼくは山頂を目指す。
三俣蓮華岳と双六岳を一人で回る。
ぼくも米っちょに負けじと、山頂では何人かに話しかけたり、話しかけられたりのコミュニケート。
双六小屋に無事到着して
「カワイイ写ガールと話したゾ!」
と報告に行くと、米っちょはヘンな外国人と意気投合して大盛り上がりの真っ最中。
負けた。
三日目。
今日は下山だけ。新穂高まで、地獄のデスロード。
二人の間で上がる声は「暑い」「痛い」のみ。
のはずが、
鏡平小屋で、女子大生に話しかけられる。
天才か。天才かよ、米っちょは。
結局、新穂高まで三人一緒に。キャッキャウフフであっという間にゴール地点。
二泊三日、米っちょに対する尊敬の念を新たにした山旅でした。
でもね。
知ってると思うケド、オレ、根に持つタイプだから。
「斜に構えた文章」ってなんだよ?
書いたよ。書いてやりましたよ。斜に構えて4,500文字。
まあいいや。
また行こう。
2020年8月23日
そんな米っちょと一緒に行った登山の写真はこちら。