COLUMN
徒手空拳
中学時代の友人が何名か集まる飲み会に誘われた。
参加して、少し残念な気持ちになった。
男はその場に7名いたが、ハゲているのはぼく一人。他の6名は皆フサフサ。
「キミタチとは違うのだよ。髪が抜けるまで徹底的に考えてるからね」
という強がりも、中学の同級会なら、成立しているはずだ。中学卒業までは一応優等生。飲み会でもインテリ枠。
「スイスってヨーロッパじゃん」
「うん」
「てことは、EUでしょ?」
「いや、EU加盟国ではないね」
「そうなんだ。ふーん」
インテリ枠と言ってもその程度のレベルだが。
「イギリスがEUから抜けたじゃん」
「いや、まだ離脱はしてないね」
「えっ、抜けたじゃん」
「離脱を決めただけで、まだ離脱してない」
「いやぁ、抜けたよ。抜けたよねぇ」
「抜けた抜けた」
「抜けたでしょ」
「…」
ぼくの記憶では、イギリスは国民投票で離脱を決定したが、正式な離脱はまだしていなかったはず。ただ、みんなから「抜けた」と言われると、離脱のニュースを見落としていたのでは、という気にもなってくる。
「そうなんだ…」
「亀田、知らないのかよ」
家に帰って調べてみたけど、ふざけんなよ、やっぱり抜けてねーじゃねーか。
抜けることが決まっていることと、実際に抜けたってことでは、意味がぜんぜん違うだろ。国も髪も。
まがりなりにもEUが話題にのぼったのは、スイス人の同級生マノリが2年ぶりの一時帰国をしていたからだ。
でも、飲み会は結局ダジャレと下ネタで押し切ってしまったので、翌日、マノリを呼び出して会ってきた。その息子クン二人も一緒に。
高一の長男クンは、大のサッカーファンだとか。
「応援しているチームは?」
「バイエルン・ミュンヘン」
「おお」
「ドイツまで試合を見に行ってきたよ」
「レヴァンドフスキ点取った?」
「うん。2点」
「おおお」
「他は、バルセロナとマルセイユ」
「すごいチームばっかりだ」
「どこ応援してる?」
「清水エスパルス」
「へ?」
「いや、あの、その…」
みたいな。
マノリとの会話は、もっぱらスイスの教育事情について。
以下、マノリから聞いたハナシをぼくなりの整理で書き連ねてみたい。と言っても聞きかじりの知識。間違った理解でも許して欲しい。
スイスの一度目の進路選択は早い。
小学校卒業の段階で、進学コースか職業コースかが分けられる。中学のクラス分けはコースによって。ちなみに、6割の子が職業コース。
中学を卒業すると、職業コースの子は、見習いとして働きながら高校に通う。イメージとしては、日本の定時制高校みたいな感じだろうか。
進学コースの子は、日本で言う普通高校に進学する。
日本では5教科で400点ならA高校、300点ならB高校、という進路選択。都会だと偏差値によってだろうか。
先の、中学の飲み会ではインテリ枠、というのも、高校のランクが根拠となっている。400点の高校に進学したから亀田はアタマが良い、と。
もちろん、高校進学後はまた新たな序列があるわけで、高校の飲み会では劣等生ポジション。いちいちキャラ変しなければならないぼくも、なかなかに忙しい。
しょーもないハナシである。
一方スイスでは、地元の同じ高校に進学する。正確には同じではなく言語によっていくつかの高校があるが、あくまでも授業が行われる言語が異なるだけで、ランクが違うわけではないそう。ちなみに、長男クンは、中学までは日本語の学校に通ったが
「日本語はもう良いかな」
とのことで、今度は別の言語の高校に進学予定とか。
高校進学には6段階で5.5という成績が求められる。
5.5に満たない生徒は、高校に進学できない。職業コースに転向するか、留年してもう一年勉強するか。
たいていは、留年するらしい。
留年に対する考え方は、日本とスイスでは大きく異なる。
スイスでは小学生のうちから留年は普通。
「この子はちょっと遅れてますから、来年もう一年やりましょう」
とか、日本でそんなこと言ったら大騒ぎじゃね?
パヨクなんか発狂するでしょ。でなくても、自分の子がそんなこと言われたら大ショック、みたいな。
でもスイスではそもそもの考え方が違って
「できないのに次のステージに行かせるなんて、その子がかわいそう」
ってことらしい。
そう言われてみると、本質的には日本の学校って教育機関じゃないんじゃね?と思わないでもない。では、本質的には何かというと、保育機関。子ども預かってますから、大人の皆さんはその間ガッツリ働いて下さい、的な。
教育機関ではないけれど、得意の同調圧力で教育もそれなりに機能(過去)。少子化によって圧力が低下するとともに、誰も勉強しなくなった(現在)ってところではないだろうか。
もちろん、ただちに、どちらのやり方が優れている、というものでもないと思う。日本は日本のやり方で、ジャパン・アズ・ナンバーワンを達成したわけだし。スイスにはスイスの問題があるわけだから。
日本が、これまでのように、これからも経済大国であり続けられるのなら、問題はないだろう。むしろ、少子化で今まで以上に快適な生活が送れるかもしれない。マノリ一家の証言によれば、日本は世界一食事がおいしい国だそうだ。
でも、経済大国から転落して、日本国内では食べていけないなんてことになったら、一大事。
外国で食っていけるだろうか。
「使える言語ひとつにつき、給料が5万円違う」
というのは、あまりにも生々しい。
マノリは3カ国語、長男クンは4カ国語。ぼくは、じゃぱにーずオンリー。
日本育ちのハーフが母親なんだから、マノリの家が特別なんじゃ、と思って聞いてみたけれど、クラスの友だちも3~4カ国語は普通に話せるらしい。
「Business languageは英語だから、英語は必須。できなくちゃハナシにならない」
英語ね、英語。英語は確か、英検4級を…
エスパルスでバイエルン・ミュンヘンに挑むようなものでしょうか。
まるっきり勝てる気がしない。
2018年7月31日